はじめに
読者の皆さんは、アイスクリームは好きですか?一見冷たく固まっているように見えますが、スプーンですくうと案外柔らかく、口当たりはなめらかで軽く、ふわっと溶けていきます。
そういえば、物質は「固体」「液体」「気体」という物質の三態に区別されるって、教科書に書いてありましたよね。アイスクリームって、 固まってはいるけれどそんなに硬くもないし、溶けてもドロッとしているのに、食感は軽い。三態のどれにも当てはまらない感じが……。
身の回りには、こんな風に簡単に物質の三態では区別できない「柔らかい」ものが結構たくさんあります。これらは「ソフトマター」と総称されていて、いろんな可能性を秘めているんです。
固体?液体?気体? 物質の三態におさまらないソフトマター
京都にキャンパスを構える京都産業大学。理学部でソフトマターの研究に取り組む岩下靖孝教授に、ソフトマターの世界についてお話を伺いました。
岩下靖孝 理学部 物理科学科 教授
●学位:博士(工学)
●専門分野:ソフトマター物理
──アイスクリームって、物質がどんな状態になっているのですか?
アイスクリームって、泡立てて空気を含ませたクリームを凍らせたようなものなんです。泡立てる前のクリームの中では脂肪の粒(脂肪球)が水に浮かんでいますが、泡立てていくうちに気泡が混じっていきます。泡立てが進んでいくと気泡・脂肪球ともに小さくなり、小さな脂肪球が気泡の周りに集まって、小さな柔らかい壁のように気泡を包みます。こうなるとクリームは柔らかいけれど固まっていきます。これを凍らせると、氷の結晶と乳脂肪を含んだ「凍った泡」となって、冷たく柔らかな食感が生まれるんです。
発泡スチロールやゼリーもそうですが、スマホやテレビに使われている液晶なども固体・気体・液体のどれかには当てはまりません。砂は斜面では液体のようにさらさらと流れますが、流れ落ちた砂は静止した砂山を作り、普通の液体とも固体とも違ったふるまいをします。こんな風に、身の回りには物質の三態に単純に分類できない柔らかさをもった物体である「ソフトマター」がたくさんあります。
マクロより小さくミクロより大きい? メソスケールの構造が物性を決める!
──ぐにゃぐにゃしていたり、サラサラしていたり、色んな色になったり。それぞれのソフトマターの性質はどうやって決まるのですか?
物理は光年という単位の壮大なものから素粒子などの極小の世界までを扱います。ソフトマターの世界は、原子や分子といった1nm(ナノメートル=10億分の1メートル)の単位以下のミクロの世界よりは大きく、私たちの目に見えるマクロの世界よりは小さな世界です。これは「メソスケール」の世界と呼ばれていて、だいたい10nmから10㎛(マイクロメートル=100万分の1メートル)までの大きさです。先ほどお話したアイスクリームの脂肪球や人体の細胞なども、目には見えないですが原子の世界よりはずっと大きいメソスケールの構造です。他には分子が長く連なったひもである高分子もメソスケールの大きさを持ちますが、タンパク質やDNAといった生体高分子も有名ですね。棒状の分子が並んだ液晶もその中でメソスケールの構造を作っていますし、石鹸の分子である界面活性剤は水中で集まってミセルというメソスケールの粒を作ります。ソフトマターは「柔らかい凝集系」とも呼ばれますが、普通の固体や液体とは異なる「柔らかい固体」「硬さをもつ液体」などの不思議な性質は、今挙げたようなメソスケールの構造から生じます。物理・生物・化学が融合したとてもホットな分野ですよ!
ソフトマターの研究が新素材開発や普遍的原理の発見につながる!?
──ソフトマターの世界を探究していくと、どんな未来が見えそうですか?
私は物理からソフトマターにアプローチしています。10マイクロメートルくらいの大きさの正三角形や正方形などの粒子に界面活性剤の性質を持たせ、水と油を混合すると、水を閉じこめた正多面体ができることを、世界で初めて発見しました。マイクロカプセルへの応用が考えられるほか、例えば体内のタンパク質などによる様々な構造の形成メカニズムの解明につながると期待しています。
また、メソスケールの粒子には、原子や分子にはない自ら動く力(自己推進性)を持たせることができます。このような動く粒や粒の集団を「アクティブマター」と呼びます。目に見える世界でも、横断歩道を渡る人々、道路を走るたくさんの車、鳥や魚の群れなどは、自ら動く粒の集団であり、アクティブマターであるともいえます。アクティブマターの研究は、鳥や魚が距離やスピードなどの秩序を保ちながら群れを作るメカニズムの解明、渋滞の解消などにもつながります。メソスケールと私たちの目に見える世界は、全く異なる世界に感じられますが、そこから普遍的な物理の原理が発見できる可能性があるのも、研究者として大きなロマンを感じます。
京都産業大学なら徹底した少人数制でディープに学べる!
──京都産業大学の理学部で研究に取り組むメリットはどんなところですか?
京都産業大学の理学部は、教員1人あたりの学生数が4人という少人数教育を展開し、学生一人ひとりの習熟度を見極めながら、きめ細かく指導できる教育環境を整えています。物理科学科では、1年次は、理論や実験を組み合わせて学び、物理学を学ぶ上での基礎を身につけます。2年次以降は、専門分野の学びが本格的に始まり、実験技術を修得しながら、自身が興味のもてる研究分野を絞り込んでいくことができます。さらに、物理学の各分野のスペシャリストをめざす学生のために「スペシャリスト支援プログラム」を設置していて、高度な計算の技術や数値解析の手法を集中的に学ぶ「コンピュータ物理学講座」、新しい物質を実際に作って性質を調べる「実験物理学講座」など、研究現場で求められる高度な専門スキルを修得することができます。
こうした土台を築いた後、4年次では思う存分自らの研究に没頭できる環境が整っています。私の研究分野である「ソフトマター」以外にも、「カーボンチューブ」といった新素材の解明や研究を行う研究室など、魅力的な分野の研究室が揃っています。
研究は横一線のスタートです。自分の頑張り次第で世界に躍り出ることも夢ではありません。毎日真剣に、かつ楽しみながら学業や研究に取り組んでいける人を待っています。
おわりに
メソスケールの世界に物性の謎を解く鍵=ソフトマターがあること、京都産業大学理学部ではソフトマターの最先端の研究ができること、ソフトマターに限らず学業や研究に徹底して打ち込める環境があることを紹介してきました。京都産業大学の理学部には「数理科学科」「物理科学科」「宇宙物理・気象学科」があり、思う存分研究に没頭できる環境を整えています。また、物理科学科では、2024年春から「宇宙産業コース」と「半導体産業コース」を新設しました。研究を通じて社会に貢献したいと考えているなら、京都産業大学をチェックされることをおすすめします。
物理科学科 2024年春開設の新コースについて
宇宙産業コース:人口衛生や次世代材料などの宇宙関連技術と基礎物理学を学ぶコースです。
半導体産業コース:半導体物理や電子要素に関する講義・実習を通じて、量子コンピューターやパワー半導体の知識を深めるコースです。